エゴというもの

雪、降りましたね。

皆さん無事でしたでしょうか。

 

関東は雪に慣れていないので

子供のころは「ワクワク」だったけど

大人になったら(緊張感のある)「ドキドキ」ですよね~

 

 

仕事の帰り道 本当に冗談抜きで

「神様私を守って下さい!事故らずに帰れますように!」って

声出して祈って帰りました(笑)

 

・・祈りの力ってすごいですね。

おかげさまで何事もなく帰宅。

 

でも「ドキドキ 」ははるかに通り越して 恐怖 でしたね。あ~無事でよかった。

 

 

 

雪とは全く関係ないハナシで。

 

前々から書きたいなぁと思っていたエゴについてちょっと。

 

ちょっとと言ったって、一回ではとても書ききれないので

ちょっとずつ。

 

 

 

去年の6月頃でしょうか。

あ、もう少し前からかな。

 

身の回りで本当に色々なことがあって、私や私の家族も

みんな

へとへとで もう「お手上げ!」みたいな時期がありました。

 

その頃にある本に出会い

そして

それ以降ずっと考え続けてきた「エゴ」について。

 

 

 

エゴって聞くとなんとなく

「あの人はエゴが強い!」=「あの人は自分勝手でわがままだ!」

みたいな印象を持っていたのは おそらく私だけじゃないはず。

 

「私はそんなにエゴイスティックじゃありません!」みたいな(笑)

 

 

けど

知れば知るほど

 

エゴというものの要素は

誰の中にも存在する

あって当たり前なもの なんだなと思うようになりました。

 

 

たとえば

 

「あなたは何者ですか?」

 

と聞かれたらなんて答えます?

 

「私はyurikoです」

「私はインストラクターです」

「私は女性です」

「私は日本人です」

「私は○○会社の部長です」

「私は○○の父親です(母親です)」

「私は○○の車に乗っています」

 

など・・

 

考えうる答えは 挙げればキリがない。

 

 

でも

 

はたしてそれは

あなたの本質を表してますか?

 

 

例えば

役職は時と共に変化して、会社を辞めれば役職もなくなる。

 

例えば

外国の人と結婚して国籍が変わる可能性もある。

 

例えば

今乗っている車も時期が来れば乗り換えるし。

 

例えば

(韓流ドラマのように)記憶喪失になって自分自身の名前を忘れちゃうことも

無きにしも非ず!!

 

 

 

そうなったとき

あなたはあなたじゃなくなりますか?

 

 

 

こういう外側のもの、条件ていうのは

時と共に必ず変化します。

 

そして

そういう外側のものと「自分自身」を完全に一致させた時

外側にあるものと同一視された「自分自身」のことを エゴ っていうのだそうです。

 

 

うまく書けてるか分からないけど

なんとなく分かります?

 

だからみんなその要素は持ってるの。

 

 

それで

例えば周りの人に対して

「私は○○の先生なんだから、みんな言うことを聞くべき!」とか

「私は○○を持っているんだから、みんなから尊敬されるべき!」とか

ってなっちゃうと エゴが強く出ているな~という状況に・・・

 

エゴは自分と周りを切り離すんです。

「あなたと私は別よ」って。

 

 

 

そして

このエゴというものは

「もっと もっと。まだ足りない まだ足りない」

と、

常にのどが渇いているような状態だから

私たちが無意識にエゴに乗っ取られてると

私たちは 苦しみに向かっていくのだそうですよ。



エゴはいつも

自分と何か(物質、思考)を同一化して

その何かに関心を全て吸い取られ

それゆえ自分自身を見失う…



苦しい ですよね。




というわけで

続きはまたそのうち^ ^